PanAsiaNews:大塚 智彦)

JBpressですべての写真や図表を見る

 10月18日から21日にかけて、菅義偉首相は、就任後の初外遊としてベトナムインドネシア両国を訪問し、ベトナムのグエン・スアン・フック首相、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領との首脳会談にそれぞれ臨んだ。

 ベトナムは、東南アジア諸国連合ASEAN)の今年の議長国で、11月に開催されるASEAN関連の一連の会議を仕切ることになっている。また、南シナ海で中国との間で領有権問題を抱えており、日本が関係強化を図ることで中国をけん制することもできる。そうした事情から、初の外遊先となった。

 一方インドネシアは、菅政権が政策継承を公言している安倍晋三前首相が、「戦略的パートナー」として、ASEAN加盟国の中でも特に関係を重視した経緯がある。

 インドネシアは中国とは直接的領土問題は抱えていないが、インドネシアの排他的経済水域(EEZ)の一部が中国の一方的に主張する海洋権益の及ぶ範囲「九段線」と「重複する」と中国が主張、インドネシア側がこれを否定するという微妙な関係がある。そのためインドネシアと関係を深めることも、中国をけん制することに繋がる。

 さらに、ASEAN域内で最悪のコロナ禍に見舞われているインドネシアは、国際社会の支援を切望している。

 それらの要因を重ね合わせると、日本から見ると、ベトナムインドネシアは菅首相の初の外遊先として悪くない選択に映る。

ベトナムでは安保、防衛で合意

 ベトナムでは、菅首相の「自由で開かれたインド太平洋構想」にフック首相が積極的協力を約束したほか、防衛施設や防衛技術移転といった防衛分野での関係強化でも合意した。

 菅首相は、ベトナム中部の水害被害への支援を表明したほか、日本商社の工業団地開発に関する覚書やイオンモールホーチミン市の都市開発に関する合意など官民で12件の文書に調印して、経済関係強化を内外に示して成果があったとしている。

インドネシアへは500億円の円借款供与

 インドネシアでは、ジョコ・ウィドド大統領との首脳会談で菅首相は、コロナ禍で深刻な影響を受けているインドネシア経済や災害対応などのための財政支援として500億円の円借款を供与することを表明した。

 さらにコロナ対策に関する取り組みとして医療分野での機材整備、ジョコ・ウィドド大統領が強力に進めるインフラ整備の分野でジャカルタ市内の都市高速鉄道MRT)の延伸、ジャワ島北部幹線鉄道(ジャカルタ~スラバヤ)の高速化改良、港湾整備などでの協力を着実に実施することでも合意した。

 人的交流では、コロナで滞っているインドネシア看護師候補、研修生などビジネス関係者の日本入国後14日間隔離の緩和を含めた往来促進策を早急に両国関係者で協議することも決まった。

 このように菅首相の訪問で、インドネシア側は経済分野ではほぼ満足できる成果を得た。それをもって、日本外務省関係者や同行した日本メディアも「初外遊での成果」として評価している。

域内の安保面での関心は共有

 しかし、ベトナムではかなり踏み込んだ防衛装備品供与や安保面での積極的な協力、関係緊密化といった合意がなされたが、インドネシアではこの分野に関しては控え目だった。というより、安全保障にかかわる分野ではインドネシアの歩み寄りを引き出すことはできなかった。

 これはインドネシアが対中関係を重視する姿勢を崩していないためだ。インドネシアには、地域安保の枠組みに引き込まれることにたいする警戒感が強いのだ。

 インドネシア外交の基本戦略は、中国や米国といった超大国とは等距離を保持し、国際社会のパワーリティックスの渦に巻き込まれることを避けて来た。特に軍事、安全保障の面でそれは顕著で、フィリピンシンガポールなどのように外国軍の駐留や常設港湾施設の受け入れは一貫して拒否してきたという歴史的経緯がある。

 20日の首脳会談で菅首相は「日本とインドネシアの関係はASEAN、そしてインド太平洋での要であり、共に平和を主導したい」と強調し、11月ASEAN一連の会議などを通じて共に同じ海洋国家として戦略パートナーの関係を深化させたいとの意向を伝えた。

 これに対しジョコ・ウィドド大統領は「南シナ海を安全で安定した水域としたい」と応えたが、それが精いっぱいの線だった。インドネシアが主張する南シナ海南端のナツナ諸島北部海域のEEZに最近は、中国の漁船や中国海警局の公船が頻繁に侵入して「九段線に基づく海洋権益」を一方的に主張している。これに頭を悩ますインドネシアにしてみれば、「南シナ海問題」は他人事でないだけに、当該海域の安定化に向けた取り組みに反対する動機はない。

大国間の枠組みに対する根強い警戒感

 しかし10月6日に日米豪印の4カ国外相が協議した「インド太平洋」における「対中共同戦線」に組み込まれることには、大きな警戒感がインドネシア側にあることも事実だ。

 主要英語紙「ジャカルタポスト」は、19日の論説で日本通のコルネリウス・プルバ論説記者が、「菅首相のインド太平洋イニシアチブはインドネシア及び地域に警鐘を鳴らす」と題したコラムの中で、警戒が必要な状況を指摘した。

 プルバ記者は「日米豪印による戦略構想はインドネシアをはじめとするASEAN各国を安保問題で新たな枠組みへの参加を促す」ものとしたうえで、この戦略構想は「コロナ対策に忙殺されているこの時期に地域に新たな安保面での不安定性と政治的緊張を生み出すだけである」と指摘。日米が関係する安保の枠組みにASEAN諸国が取り込まれることについて、「象たちが闘い、その真ん中でネズミの群れが死ぬ」というインドネシアの古いことわざを引用して警鐘を鳴らした。

 また20日の同紙は「東南アジアファースト」という記事の中で、菅首相が今回初外遊先としてなぜベトナムと同時にインドネシアを選んだかについての論考を示した。

インドネシア訪問は「消去法の結果」と指摘

 それによれば、安倍前首相の外交を踏襲するのであれば、菅首相が最初に訪問するべきは米国でありトランプ大統領との首脳会談が「妥当な選択」となるはずだという。

 しかし米国は11月3日大統領選に向けた選挙運動の真っ最中、しかも世論調査では現職トランプ大統領の苦戦が伝えられていることから、「最も妥当な米国訪問を回避した」と分析している。この見方は、あながち的外れとは言えないだろう。

 さらに同紙は、中国を含む東アジア各国への訪問は「外交的過ちとみなされる危険があった」ことなどから、インドネシアは安全な選択肢となったと分析している。

 つまり今回の初訪問の意義を両首脳はそれぞれもっともらしく強調しているが、実際には日本側の消去法で選ばれた「安全牌」というのが実情だと見透かされているのだ。

 もちろんベトナム政府もインドネシア政府も、そんなことは百も承知の上で「最初の外遊先として選んでくれた菅首相を歓迎する」と表明している。まさにこれこそが文字通りの「外交辞令」であり、日本側もそれは理解している。

 ただ、安倍前首相の第二次政権時での初外遊先はベトナム、タイ、インドネシアだったことを考えれば、日本がベトナムインドネシアとの関係を重視しているというのも紛れもない事実だ。しかし、そのことに対する現地の評価は、残念ながらさほど高くないようだ。

「米哨戒機の給油を大統領が拒否」の報道

 インドネシアが米中のパワーバランスの上で、どちらか一方に与したくないという方針を貫いていることは、米国側がインドネシアに打診していた米軍哨戒機のインドネシアでの給油をジョコ・ウィドド大統領が拒否したことでも明らかだ。

 この事実は、10月20日、ロイター通信が伝えたものだ。報道によると、米政府高官が2020年7月と8月の二度にわたり、インドネシア国防省、外務省に対し、米軍P8哨戒機のインドネシア国内での着陸、給油、基地使用を打診したものの、ジョコ・ウィドド大統領がこれを拒否したという。

 P8哨戒機は南シナ海で中国軍の動向を監視する活動に従事しており、これまでマレーシアシンガポールの基地を使用してきているが、そこに加えてインドネシアにも基地使用と給油を打診していた、とロイターは伝えている。

 さらに報道の中でルトノ・マルスディ外相はロイターに対し、インドネシアは一方の側につきたくないと述べたとし、元駐米インドネシア大使の「インドネシアは騙されて反中キャンペーンに乗せられたくない」という発言も紹介している。

インドネシアのしたたかさ

 こうして見ると、インドネシアは中国との経済的な紐帯を大事にする一方で、日本などの経済大国からの支援に関して「もらえるところからはもらう」という方針をとっているのが分かる。

 これも一つの外交戦略であり、世界第4位の人口を擁する大国でありながら、中所得国に止まり、2020年3月の貧困率が9.78%、さらにASEAN最悪のコロナ被害(感染者、感染死者共に域内最悪)に見舞われている現状を考えれば止むを得まい。

 そうしたインドネシアの経済状況を鑑みれば、日本からの円借款供与や各種経済協力の推進についての合意は、インドネシアにしてみれば「大歓迎」以外の何ものでもない。そして、だからといって経済関係では日本を最優先に考えるというわけでもない。かつて、ほぼ日本が受注することが決まっていた高速鉄道建設事業を中国にかっさらわれたようなことがまた起きないとは限らないのだ。

 ただ、今回菅首相が働きかけた「インド太平洋での安全保障」に関する枠組みへの参加は、国防、軍事、対中外交に関わるテーマだけに、今後も「笑顔で応じながらも断固拒否」というゼロ回答しか得られない懸念がある。インドネシア側が日本に対して「一方の側につきたくない」「反中キャンペーンに乗せられたくない」などときちんと伝えていれば戦略の練り直しが必要になるが、色よい返事の「外交辞令」を真に受けてしまうと、対中戦略の実効性も揺らぐことになりかねない。

 菅首相が初外遊で手にしたかった「インド太平洋での安全保障」についての関係強化という確実な果実は、残念ながら今回の首脳会談では得られなかった。政府やマスコミは今回の外遊に讃辞を送っているが、「したたかなASEANの大国インドネシア」を目の当たりにした菅首相の胸の内には苦い思いが残っているに違いない。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「劣勢報道」に焦燥、トランプ再選を心底願う金正恩

[関連記事]

インドネシア国防相が訪米、「中国寄り」から転換か

文在寅政権、「米韓同盟」破棄は本気なのか

10月20日、インドネシアの首都ジャカルタ南郊のボゴールにある大統領宮殿で首脳会談を行ったジョコ・ウィドド大統領と菅義偉首相(提供:Presidential Palace/新華社/アフロ)


(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

高速鉄道の件もあるし中国化した後の対策考えた方がいいかもしれんな。インドネシアとかいつ裏切るかわかったもんじゃないし。インドネシアが嫌だと言ってもどんどん中国街ができるからな。()


アメリカ並みの人口は大きなポテンシャル。ただ、イスラム国家というのはリスクファクター。アッラーだけが行動規範の全てでは付き合いづらい。


インドネシアに500億円の円借款供与は「おあずけ」にするべきだった。


日米豪印による戦略構想が政治的緊張を生み出す可能性は分かるが、中国の火事場泥棒に何もできずただ指をくわえて見ているのは嫌でしょ?


インドネシアは日本を舐め切ってるからな、日本が石油や天然ガスが欲しいから今まで甘やかしてきたせいなのかもしれないけど


インドネシアは既に中国に汚染されている。中国に依存しなければならなくなった国とは早々に手を切るべきだ。