中国における9月10日は、「教師節(教師の日)」と呼ばれる日で、教育事業に対する教師の貢献を評価するために設けられている。幼稚園小学校中学校・高校・大学、また、その他教育機関に属する教師たちが主な対象で、生徒たちはこの日に教師たちに贈り物をすることによって感謝の気持ちを表す。

 中国では1985年から始まった教師節には「教師に対する敬意を育む」という目的もあるが、中国メディアの今日頭条は11日、「日本は教師節がない」ことを紹介する一方、日本では教師の日がなくても「社会が教師に敬意を寄せている」と指摘する記事を掲載した。

 記事は、現在の中国には「優秀な教師が十分な敬意を得られていない」、「教師としてふさわしくない人が存在するため、教師全体の名声に傷がついている」という2つの問題があると指摘。一方、中国で教職に就いている中国人教師が日本人教師と交流した経験を紹介し、この中国人教師は交流を通じて、日本には教師節は存在しないが、「日本の教師は毎日教師節を楽しんでいるとはっきり感じた」と説明、なぜなら日本の教師は社会から十分な敬意を得ているためだと論じた。

 続けて、日本では教師という職業の社会的な地位が高いと主張する根拠として、中国人教師が日本で遭遇した光景を紹介。日本人教師と一緒に夕方のラッシュアワー時に地下鉄に乗った際、車内は大勢の乗客で混み合っていたというが、ある日本人から座席を譲る申し出を受けたそうだ。そして、この日本人が座席を譲ってくれたのは「教師の服についていた校章を見て教師だと気づいたため」だったと紹介した。

 また記事は、日本の公立高校の教師は公務員であり、大きな問題を起こさない限りは「終身雇用が保証されている」と指摘。日本全国で待遇の差はほとんどないことも、日本社会における教師の地位の高さを示していると主張。こうした背景から、日本では教師の日がないのではないかと主張した。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF)

一体なぜ? 日本で「教師に感謝する日」がない理由とは=中国メディア


(出典 news.nicovideo.jp)


(出典 japan-teachers-week.jp)



<このニュースへのネットの反応>

ワザワザそんな日を制定しないとイケナイほど、共産党の教員は信用されていないと言う裏返しかな。


日本では教師だからって電車で席を譲る人はいないだろう。この中国の人は単に高齢だったとか体が弱そうだったとか、別の理由だったんでは。


というか日本の教師は超長時間サービス残業常態化で瀕死とか聖職者→性職者とか、日教組とかいう問題組織の存在とか、そういうものがあるんだと伝えたいところだ。日本にも儒教は伝わってるから昔は「三歩下がって師の影踏まず」てこともあったが今はそんなもんでもない。


文革で教師は封建的反動分子扱いされたのに?


「教師に感謝する日」労働の対価として給料を貰っているでしょ、無償で教育しているなら感謝もするよ


尊敬して感謝するかどうかは、教師にもよるんだけどね…


教育が当たり前になってしまってるからね 感謝の言葉の「ありがとう(有難い)」の対義語は「当たり前」ですから


かつての「社会への滅私奉公」が消えて、「個人の権利」と「反政府思想」を主張するようになったから、当然と言えば当然かな


ホントかね?俺なら見ても気づかないが→『この日本人が座席を譲ってくれたのは「教師の服についていた校章を見て教師だと気づいたため」』


>tosiaki 対価を払うのだから当たり前はやめようや


これは日本も参考にするべきだろう、教師が感謝される人数で其の教師の質が分かるのですから。だれも尊敬できない人に感謝を表せないだろ?


高校の時の社会系の教師で中国語喋れる人が中国では教師や先生は幼稚園の先生でも「老師」と言う、いったいなんの達人なんだと初めて聞いたとき思ったって言ってたからね、まあ、老師は何か強そうでありがたみがありそうだわな。


尊敬できない人に感謝を表せない まあその通りなんだけど その「尊敬できる人」にしか教育する資格を与えないとするなら いまの日本人の7割は義務教育すら終われないよ おそらくね


義務教育で教わる側の文字読み書きぐらいは戦前よりは向上したけど その分教師の質は人数を水増しせざるを得なかった分だけ悪化してる 教育無償化なんてしたらますますこの傾向が強まるでしょうね


真理:当たり前なことに価値は宿らない


勤労感謝の日とか敬老の日とかあるじゃん。教師に限る必要性がない


最近じゃあ卒業式に"仰げば尊し"を歌う事に生徒やモンペが抵抗して、合唱を取りやめた学校が増えているからね。時代に合わないと簡単に切り捨てて良いものだろうか?嘆かわしいなぁ


教師の日が無くても、お世話になった先生には個人的に感謝を表していると思う。だから、そんな日は必要ない。中には感謝もしたくない先生も居るし。


教師だけは目指すなと教師からアドバイスされたわ学生時代w


高校・大学の同窓会を開いても、教師になった者はだれ一人来ない(もし来てもボッチ)、これを見ても理由はわかるだろう。


教師という大きな括りで感謝してないから。すごい変な教師もいたし、個人的に恩師といえる人もいた。それぞれ。


団塊の世代・高度成長の時代には、教師とは公務員上級職・有望な民間企業へ就職できなかった生徒(成績がそれなり)が行く職業だったからな