無意識で見下してしまう瞬間、ありませんか

人間、どうあっても自分のバイアスがかかった視線で物を見てしまう。その結果、自分の尺度よりも低いところにある(と曲解してしまう)考え方やムーブメントを、無意識に小ばかにしてしまう。いわゆる見下しの性質を有している。

これって自覚できている人とそうでない人がいて、自覚できている人の方が自分を冷静に俯瞰できていると思う。なんでいきなりこんな話をしているのかと言えば、今回はこの見下しの性格について話をしようと思っているからだ。(文:松本ミゾレ)


「自分の価値観に合わない人と同じ立場で話されるのが非常に嫌」


僕は性格がすこぶる悪く、興味のない物事は軽んじることがある。まあ、これは別に僕だけのことではないし、世間には僕よりも見下し癖の強い人間はなんぼでもいる。僕なんかまだ可愛いほうだ。

その上でここからが本題なんだけど、これまで僕は自分の見下しの性質を何度か改めたいと思ったことがあった。だって、そんなモノの見方をしているのはどうにも健全でない気がしたからだ。結論から書くと、この性質は治ることがなかった。やっぱり世間には、失笑モノのトレンドが山のようにあるんだもの。あんなのを全て笑顔で受け入れていたら、とても身が持たない。

さて。先日毎度おなじみガールズちゃんねるを閲覧していると「見下してしまうクセを治したい」というトピックを見つけた。トピックを立てた人物は、元々人を見下す癖があり、「(自分の)価値観に合わない人と同じ立場で話されるのが非常に嫌」なのだそうだ。

本人的にはこのクセをどうにか矯正したいようだけども、これはなかなか難しいように思う。欠点って、どれもこれもが治そうと思って治るものでもないし。特に見下してしまう癖だって人格の重要な一部になってもいるから、いまさらどうこうするなんて至難の業だろう。


「直そうと思って直せるものではないし、何ら悪いことではない」

ここで例によって、このトピックに寄せられていた書き込みの一部を紹介したいと思う。トピックを立てた人物への意見や指摘の中には、目を引くものも結構あったからだ。

「主も他人から見下されてるよ、お互い様」
「狭い世界で生きてきてるんだなって印象。上には上がいるよ。弁えてる人は人を見下したりしない。人間なんてひょんなことで状況は変わるよ」
「いいんじゃないですか?人間て下を見て安心したい生き物だし。人間性は直そうと思って直せるものではないし、これまで通り自身に合ったレベルの層とだけ関わっていけばいいだけです、何ら悪いことではありません」
「自覚しているタイプは珍しい。見下す奴って、ナチュラルに相手を貶める言動を取るし、自分の態度に一生気づかない」

と、こういう具合に色んな意見がある。傾向として目立ったのが「あなたも誰かから見下されてるよ」という意見であった。でもトピックを立てた人物の立場になって補足したいんだけど、そんなことはこの人もとっくに分かっていると思うんだよね。分かっててわざわざ不特定多数から意見を求めてるんだし。個人的には、それなのに「お前も見下される対象だよ」みたいな意見が多かったところが気になった。分かってるっての(笑)

人って価値観の違う他人を拒絶してしまう生き物だ。トピックの意見をちょっと閲覧するだけでも、トピ主を攻撃し、マウントを取り、見下している人が多いんだもの。そしてその中には自分が今、誰かを見下した発言、書き込みをしているのだということに気付いてない人だって、きっといるのだろう。

要はお互いさまなのだ。僕にしてもそう。僕は色んな人、流行を小ばかにするが、別の立場の誰かは、僕のこの駄文に不快をおぼえて「読むに値しない」と見下す。見下しの習性は人の持った業。「外せない呪いの装備」みたいなものだと考えて、上手く温厚な真人間の顔をしてやり過ごすほかない。




(出典 news.nicovideo.jp)


<このニュースへのネットの反応>

大なり小なり多少の違いはあるけど、誰でも「下を見て安心したい」気持ちはあるから仕方ないよ。


就職情報サイトであるキャリコネは松本ミゾレ氏の対立煽りにいつまで給料払ってるんでしょうね。それは就職情報なんですかね。


ああ、キャリコネか・・・キャリコネなら別に見下しててもいいや


見下してる人に絶対服従すれば見下せなくなるゾ☆


逆にこう考えるんだ、見下しても良いやと。キャリコネや朝日新聞や反日左翼連中なら、いくらでも見下しても良い。


まず自分を下に見る。それで3つの視点(自分、信頼できる人の意見、極論)で相手を見る。どう考えても相手を屑と認定してしまうなら相手を下に見る。最近は4つ目の視点(ネット)が多岐にわたり過ぎて混乱する。 問題は見下される側である。「何故」を問えるか、自問自答(ご都合主義回答はNG)が出来るか。それが出来ないから見下されるのである。


自己肯定感を高める手軽な方法。そうそう簡単には止められないよ。自分より目下だと思ってる相手は特にいい触媒になる。男性にとっての女性だね。目下の女性という属性を持つ者を見下すことで、簡単に自己肯定感を得られるんだ。やめられないでしょ。


女性の男性蔑視も相当なもんだもんね。大体どんな人間でもやめられないよね


多面的な側面を持たない人、思考次元が低過ぎる人は見下されても仕方ない気がする。リアルでは会った事は無いけれど…


肝心なのはそれを相手に悟らせないかどうかやろ、癖を治すより立ち居振る舞いに気を使ったほうが良いと思う。


見下し/見下されの中でしか生きられない人は単に自己肯定感が低いのだと思うし、まず「自分で自分の価値を認める」ことから始めてみてはどうか


下に見ると同時に上の部分も見る。そうすると相手の良し悪しが自分を見つめなおす材料となる。


べつに見下してはいないけど読むに値しないね。こんなひとりよがりの文章。


そういう人間が集まるニコニコでそんなニュース持ってこられても


見下し見下されるのが人生だよ。


人を見下すのは正直いただけないし己自身を下げることにも繋がるけど、キャリコネと松本ミゾレは思いっきり見下してもいいぞ。何せ、この二つは常に人を見下している記事を掲載しているんだから、人から恨まれても致し方ない。


他人を「見上げる」奴よりは100倍マシだね。「上から目線で見下すな~!」って発狂する連中。人から知識を教わると、その事自体を屈辱に感じて、コンプレックス剥き出しに逆上して来る。


他人を見下す人間は常に他人と自分を比較しないと不安でしょうがない人間だって認めろ。見下したらその相手と同等のレベルまで落ちることを肝に銘じておけ。


自分の中で基準を設けて見下せばいい。  きちんと自分が学んで考えた事柄であるならば見下していい。  自分がよく知らないことなら価値はわからないので感情で判断、でも見下さない。  そして自分の価値観は他人に押し付けない。  そうやって見下すかを判断した上で見下せば判断に責任を持つ気も出てくるんじゃないかな。  まあ、あくまで俺の考えだけど


「自分なんかまだかわいいほうだ」と速攻で他人を見下してて草生える


それ癖じゃなくて人間性だから無理です


常に上から目線の隣国の方々にアドバイスしてあげてください...


お世辞を覚えればいいんじゃない?自分はあんまり使いこなせないけど。価値観は人それぞれだから、人がいいと思っていることが自分にとって価値がないことは避けられないだろ。


見下すの基準って何だろうな。侮蔑の有無か?組織の中なら能力評価は必要になる。できないやつに高度な仕事与えても不幸しか起こらんし。そこに上下が発生することを見下すとは言うまいな?


見下せる人って自尊心高そうで羨ましい。他人のいい所と自分の悪いところばっかり並べて自己嫌悪と自己否定ばっかり繰り返して頻繁にムカムカしてるからメンタルを分けてほしい。


表に出るか、出ないかの違いがあるだけで、皆大なり小なりそういう傾向があるんだろうな。とりあえず自覚はしておきたい。


そもそも価値観の合わない人間と一纏めにされるのを嫌がるのは見下しなんだろうか・・・?例えばどこかの日本人がバカッターで暴れてるのを見たときに、日本人として一纏めにされて愉快な人はそうそういないのでは?


見下すということは、自分の尺度で考えれば、相手に余白・余裕があることを理解できている。とも捕えられる。じゃあ、一呼吸おいて(全体を見るように、一歩下がった目線で)話すようにすると良いかもしれない。


自分の気持ちに正直になってその相手に直接言ってみればいいじゃん。気を使って(?)体験しないからその先に進まないんだし、体験しないから相手を傷つけないように、不快に思わないように主観を述べる力も付かない。


自分の性格が悪いって言ってるんだから直せば良いでしょ。直せないならそのままでいいべ、なんにも解決しないけど。


自分は自分の為にある。他人は見下すもの。


自覚してても開き直ってたら無意味だろアホか


直さなくていいからせめて黙ってろ。性格の悪いクズだってことがバレないように注意を払えばもうそれで文句は無い


松本ミゾレはキャリコネで「何がしたいの?」


他者も自分を見下している?!よかった超フェアじゃん!!


見下すのは人間の本能的欠陥だから仕方ないとしても、それをわざわざドヤ顔で言葉にするのが非常に多い。特に労働環境についての記事が出ると必ず「底辺に甘んじている人間の能力の無さが悪い」と言うのが必ず現れる。


かえって劣等感強そう。マウントとって自分の立ち位置に安心するみたいな?


キャリコネ、しらべぇ、SPA!なら見下してよい。以上。


ネット民全員の特徴じゃん


直したいならこことか2chを見るのやめたほうがいいです


今の人間自体生ゴミ程も生きる価値がないからしょうがない


自覚して治したいと思っている人は遥かに立派だよ。治したいと言ってる人をここぞとばかりに「見下して」サンドバッグにして良い標的だと思い全力で叩きに群がる、無自覚の人間はどうにもならないからな…


こういうタイプは「俺が上でおまえが下だから」という意味合いを、言葉に含ませる感じがある。言わんでいい余計な一言が無意識にでてると思う。


多くの人は大なり小なり自分より相手が劣っている部分を探すものだし、見下してしまう事はそこまで気にしないでも良い。ただし、表面に出さない事ように気を付けるべき。


人間の性として優越感という美酒から抜け出すのは不可能。でもだからこそわかる尊敬の素晴らしさ。


少子化問題の話になると女が〜とか言う癖に結婚して幸せって言う人に結婚するなんて*とか寄生虫って見下すヤバいやつばっかりなんだから見下すぐらい悩まなくていいでしょ


そういうとこやぞ


ヘーソウナンデスカー。これだけで大抵のことは大丈夫だ。むしろ尊敬できるところのある人を素直に尊敬してるならそれだけで十分だよ


思うだけに留められるならともかく、相手の前では口にしない方が良いぞ。ワイとほぼ同時期に入ったパートのおばさんで、他人を見下す傾向がある奴がいるんだが。つい先日それで上司に喧嘩を売って、見事に信用失ってたからね。まぁ、相手と縁を切ることになっても構わないのであれば自由にして良いと思うけど。


完治まで至らなくても、嫌な所を軽減できるだけでも良いんじゃない?


言葉や態度として表に出さないなら別に無理して直す必要は無い。表に出してしまうならその部分だけを直せばいい。「見下す(=相手と比べて自分の優位を確認出来る)」事は立派な自己肯定の1つだぞ。「見下す」事が出来ずに常に上とばかり比較して卑下し自己否定するよりはるかに良い。大切にすべき立派な才能だよ。


全世界の人を見下してますが何か?(笑)


他人を下げても、自分は上がらないんだよなぁ。


性格変えようと思っても難しいから、プライドに見合うだけの努力する方がまだ上手くいきそう。結果が伴わないとただの苦労自慢厨になるけど。


憂国の士 > 世界中の人間に見下されている、の間違いだよね愛貴婦人!


板前だけど仕事とプライベートではまた違うと思う。プライベートなら見下すこと考えることも稀だけど、職場にいるどうしようもない老害(ほぼ全員から「はやく辞めてほしい」と思われてる)は見下すというかイライラしか無い。仕事遅いし雑だし自分悪くないと言い訳ばかりだし。「お前ソレ同じ値段出せるか?」と。外食すらケチって「今の動向」調べない学ばない。邪魔でしか無いです。


知らんな。天上天下唯我独尊


見下すことで仕事をあげないとか何かをしないっていう、そういうことが駄目なのであってただ見下すだけなら別に。まあ自分で気づいてるならいつかは直せるよ、意識し続けてれば。しんどいけど。


自覚して直したいと思ってる時点で善人だからそこまで気にしなくてもいいとは思う。大概の見下しは自分を守る為にするものだから環境を変えれば減るかな。もしくは自分はこれを持ってると強く意識することで、誇りという名の別の見下しに変えるのがいいかも


レベルの低いモノはスルーが一番です。負のエネルギーを使用するのはやめましょう。意識すればいいだけです。


他人を「見上げる」奴よりは100倍マシだね。「上から目線で見下すな~!」って発狂する連中。人から知識を教わると、その事自体を屈辱に感じて、コンプレックス剥き出しに逆上して来る


倫理的・霊的に生まれ変わることを望む


いつも言う事だけど、他者の行動は結果だけが見え、自分の行動は理由も脈絡も判ってる。それゆえ他者はいつも過小評価気味となり、逆に自分への採点は甘くなる。あなたがスゴイと思えるあの人は実は相当凄いって事だ。自戒を込めて。


「差異を捉える」だけに留めておけば良いと思うよ。そこに優劣をつけるから、見下し・見下されなどといった生産性のないつまらん感情が湧き、本来向かいたい・向かうべき成長の為のエネルギーを浪費する。


まずは自分と他人の長所・短所をただ「知る」。その上で互いの長所だけを注目しておけば、嫌な気持ちはしないんじゃ無いかな?


何事も程度問題でな。見下すことよりも、誰か何かを褒めることを増やしていけばいいと思うわ。ゼロにしようなんて考えたら無理が出るから、水増しして薄めるくらいのつもりで。


高潔とは、己が比類なき資質には何も比べるものがない、と思うこと。見下すこととは違う。まず比べない。よって見下さない。あるのは絶対的な上位者としての自負と、そこから生まれる寛容である。


他人の人生は自分が決して得ることのできない唯一無二のもの。自分が持っていない宝物を万人が持っていることに気が付けば、あらゆる人間に価値を感じるようになる、自分自身にもな。もちろんそこに好き嫌いはあるがね。